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December 2007

December 31, 2007

モダンボーイ撮影表情大公開!

今年の最後の記事になるかと思います。

来年早々封切りの予定でもう撮影自体はクランクアップしたようです。

懐古ブームが来年も続くと予想して作られたのでしょうが、正直にいえば個人的にすでにたくさんの同じ時代背景の作品を見てしまったためか、ブーム継続には懐疑的なんですよね・・・

でもそこは김혜수ですから。

きっと他の作品たちとは一味違う何かを盛り込んでくれると信じて・・・

来年も引き続きキムヘス・マイナスミーをよろしくお願いします!

皆様よいお年をお迎えください~~!!^^

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December 20, 2007

キム・ヘス,ドキュメンタリーナレーション挑戦

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俳優キム・ヘスが正統ドキュメンタリーのナレーションを引き受ける。

キム・ヘスは来る23日夜11時5分放送されるSBS 'SBSスペシャル'の'容赦...その遠い道終わりにあなたがいますか'でナレーションを引き受ける。

'容赦...その遠い道終わりにあなたがいますか'という連続殺人犯ユ・ヨンチョルによって家族を失った被害者遺族らを2年間取材し,彼らの怒りと容赦のための苦痛,そして希望を伝える。

ナレーションを引き受けたキム・ヘスは"正統ドキュメンタリーナレーションに挑戦したことは今回が初めて"とし"重量感ある作品の主題と作家,演出者の力量と熱意を信じて今回の作品のナレーションを引き受けることにした"と伝えた。

この日放送ではユ・ヨンチョルにより三人の家族を失ったコ・ジョンウォン氏と長兄が殺害されてその衝撃で次兄と弟まで相次いで自殺に達したアン・ジェサム氏などの苦痛と容赦を描く予定だ。 '容赦…その遠い道終わりにあなたがいますか'は来る23日夜11時5分に放送される予定だ。

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December 17, 2007

直筆フォトエッセイその2

撮影現場で時々取ったポラロイド写真集.

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幼くしてすでに11回もママが変わったジェス. 早熟で大胆な子だが,突然現れたパパに殴られる撮影はジェス役を担ったヨンチャンが最も恐れた場面だ。 私に‘ヌナ、すごく怖いです’といったヨンチャン…怖くて,前日夜には悪夢まで見たというそのシーンであったがヨンチャンはあまりにも悲しい目で熱演した。

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私のパートナー、ヨンチャンとふざけているところ~~ヨンチャンは目がとてもきれいで純粋だ。 すごく悲しい目をしているがヨンチャンは実際はとてもはにかみやな少年だ。 私もヨンチャンの眼差しを見ながら,多くの助けを受けた。

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揚州里セット撮影がほとんど1ヶ月近くなった頃撮影中にとったセルカ. 今回の映画の中では女のキャラクターに合わせて,ほとんど化粧をしないで素顔で撮影する。 人生に何の希望もなく,誰からの愛情も拒否した女…子供の純粋な心の前でとても大きな愛を得ることになる。

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撮影2日目スタンバイ中. いや,3日目か?? 確かではないが,ほとんどそれぐらいだった。 路地に捨てられたソファは女が苦しいとき出てきて空を見上げ、冷たい風を受けながら,タバコを吸う空間だ。

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(ファン)ジョンミンとの撮影初日. ジョンミンはとても忙しいはずなのに,シナリオが良いといって有難くも劇中町内失業者の役を自ら志願してくれた。 ジョンミンの野外(撮影)分をあわただしく撮影する日程なので非常にギリギリだった日。 午後2時にはもう太陽が沈む悪条件の中でも撮影分を完璧に消化できた。

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撮影前、悩んだ末にショートカットで女の艶がなく寂しいイメージを設定することに決めた。 少数のスタッフたちと一緒にかつらを利用し,イメージテスト用に撮影してみた。 こんなに短い髪をしたのは初めてのようだ。

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December 16, 2007

お前が住むその家MV公開

公開されました。

前半のクラブでのダンスシーンがめちゃくちゃセクシーですね、2人とも!

実はこの歌、ちょっと怖い歌詞です。一歩間違えるとストーカーです。

その怖い歌詞は続きに・・・

追記:2日かけて撮影したこのMVでヘス氏は出演料を固辞したそうです。代わりにパクジニョンが贈り物をしたとか。く~かっこよすぎる、ヘス!

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December 15, 2007

直筆フォトエッセイその1

とあるブログで見つけたものですが、ご本人直筆に間違いありません。

11番目のママ撮影中に綴った日記のような感じですが、相変わらずマメ・・と思います。ソウルでは上映館が少なくなっているようなので、見に行かれるならお早めに!

このごろはDVDも違法コピー問題のためか、正規版が出るのが少し前より遅くなってるような気がします。今月私が行った時もまだDWARはおろか華麗なる休暇も出てませんでした。良くない家もです。

ですからこの11番目のママが日本で見られる確率は限りなく低く、DVDも手に入れるのが困難と思われます・・・悲しいけどこれがバブルのはじけた韓国映画界の現状なのです。

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ヨンチャンはとても優しくて心根が深い…撮影するあいだずっと天使と一緒に(撮影)した気分~~子供の笑顔のおかげでつらい時間も上手に耐え忍ぶことができた。

11th95_03944_2 スーパーの場面を撮影した日~ジェスと女は楽しくカートいっぱいあれこれ物を入れて,買い物ごっこをしたり、マッサージ機でマッサージを受けたりと幸せな時間を過ごす。 こういう場所では実際の営業時間が終わった後、撮影が可能だ。 私たちも12時をまわるや否や撮影を始めた。

11th97_09237_2 女がジェスの家に初めて来た日. 屈折し,絶望的,孤独で,寂しい心を持った女が図らずもジェスという子に会うことになる

11th95_03692_2 撮影直後の衣装室. 初めジェスと女は水と油のように反発しあうが,ある瞬間ジェスはこの女がとても孤独な人だ,母の空席を埋めているんだな…と感じることになる。

11th94_07703_2 野外撮影中家の前で待機している私の姿. 写真だけ見るとひょっとして勘違いするかもしれないが、乞食の役じゃない!

11th93_08741_2 撮影中ヨンチャンと遊んで私がヨンチャンの手に書いた落書き…(実際の)映画の中にこういう場面はない。

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December 14, 2007

大変貴重な履歴書です!

デビュー間もないヘス氏の直筆履歴書

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・・・といっても勿論韓国語なので、ちゃんと翻訳いたしました。(直訳に近いため、心の中で日本語に置き換えてください笑)

最近インタビューでよく「もうずっとやってきたので・・」とかまたは「幼い頃はあまり意識して仕事をしてなかった」と過去を振り返っておられますが、これを見るかぎり十分に15歳の少女の文章としてはしっかりした意識をもっていたことが分かります。

明確なプロ意識とまではいかないでしょうが、中学3年の女の子が役者として将来の目標まで語るというのは立派なものだと言えるでしょう。

これもしも本人が見たらどう思うでしょうか?恥ずかしくはないと思いますが、懐かしいとは思うでしょうね・・・いづれにせよ、私は初めて目にしたので、感激でした。

現在撮影中のカムボを通じて立派な演技者としての面目をそろえるように努力する

学生身分をつくしながら逸脱しない範囲内でまた演技者として忠実さと常に努力する役者になる

今後のプランはTVにも進出しながらより良い演技を学び,万能なタレントになりたい

デビュー動機 ; 監督が女優を探していらっしゃるときにアンバ社という広告を見て呼ばれ,テストした結果始めることになった

撮影中最も大変なのは寒さと感情をずっとだましていくことなのにもう始まったから皆さんに多い指導を受けながら,後日のとおりがんばっている

CFで一度始めたためなのか震えたり慌てることは殆どなくて意志を持ってするためにまだ大きい失敗もしなかった

撮影中にママがたくさん助けてくださってスタッフ陣らも親切なので大きい困難はない

今後もずっと演技をしながらすべての面で不足のない俳優になりたい

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December 12, 2007

お前の住むその家~MVスティル~

パク・チニョン-キム・ヘス,'MVさりげなくお似合いの2人'

11日深夜,パク・チニョンがキム・ヘスとともに熱演して,話題になった‘お前が生きるその家’ミュージックビデオ スチールカットが公開された。

セクシーコンセプトに合うよう,国内最高のセックスシンボル キム・ヘスとパク・チニョンの幻想的な組合は音楽を輝かせるのに充分だった。

二人の親しくも切ないポーズとクラブでの熱いダンスシーンは見る者を音楽にどっぷり浸らせる力まで持った。

歌詞同様に切ないパク・チニョンの表情演技もまた一品の‘お前が生きるその家’フォト映像を鑑賞してみよう。

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キム・ヘス‘セクシー美圧迫’で生きた22年演技人生“閉じ込められていた”

キム・ヘス(37)は昨年多少慌てた経験を思い出した。 マネジャーまでキム・ヘスには映画‘タチャ’でのチョンマダムが“ぴったり”と言ったことに対する記憶だ。 キム・ヘスはインタビューでファムファタル、チョンマダムは自身と違った部分が多く演技するのは難しかったと打ち明けた。

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“何か、私の中にチョンマダムに似た点はなかったです。 私は演技する時,私の中で少しでもそのキャラクターに合う根拠を探し,極大化させるのですがチョンマダムはその根拠が微小でした。 率直に言うと、微小なのでなく最初から根拠にすることができるだけのものが、私にはありませんでした。 チョンマダムと私はとても違っています。 チェ・ドンフン監督にそういう困難を伝えたところ、初めにはおおげさな態度だなと受け取っておられる程度だと理解しました。 事実映画というものは、何種類ものイメージの組合せでなされるものじゃないですか。 セクシーなイメージだけでチョンマダムが誕生したのではないのと同様に.”

1986年青少年らのボールペン圧迫を受けた下敷の中の17才‘清純スター’キム・ヘス(37). 成人になった‘20代キム・ヘス’はセクシー女優の象徴として,率先半分要求半分‘セクシー美圧迫’も受け入れた。 その圧迫は30代まで続いたし相変らず‘現在進行形’なのかも知れない。 毎年映画祭授賞式ごとに私たちの視線はキム・ヘスのセクシードレスに固定されるからだ。 17才から年齢より成熟したキャラクターを消化し始めた彼女は成熟美にセクシー美,健康美まで取り揃えて‘大韓民国セクシーアイコン’となった。 CFや授賞式を通して見せるキム・ヘスの セクシーイメージは彼女が望もうが望むまいが典型的に固定された。 そのタイトルは彼女にとって、俳優としての領域を拡張できない根源となった。

1990年代終わりごろまで続いたそのタイトルは彼女が演技人生の転換点と考える映画‘YMCA野球団’(2002)により変化し始めた。 キム・ヘスはこの作品で,演技に目を開き始め、一歩前に進むことになったと言う。 この時からソン・ガンホ,ファン・ジョンミンなど映画的だと考える人々に出会い,共に作業し,学びながら,映画,そして演技が巧くなりたいという気持ちが生じたからだ。 今年はキム・ヘスが演技を始めて22年目になる2007年だ。 昨年‘タチャ’以後休むことなく4編の映画を続けて撮影した。 ‘浮気日和’ ‘良くない家’ ‘11番目のママ’。 彼女がこれまであまり多くの作品をやらなかった理由は2000年代初めまで現在のようにシナリオが多様でなかったせいもあった。 当時は文学的か、もしくはエロチックな作品ばかり溢れていた。

母になってはじめて大人になるという。 ‘11番目のママ’となったキム・ヘスは今までのどの時代より温和で幸福に見えた。 22年間一貫してスター,そして俳優として生きてきたキム・ヘスは真のプロに相違ない。 真剣に自身を振り返ってみたキム・ヘスとの対談は暖かくも,愉快であった。

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#胎生的スターよりも胎生的俳優になりたい

-最近入ってくる作品をやることに欲がでてきたんですね?

▲欲というよりは、もっと映画的に悩めるようなシナリオを見るようになったということでしょう。

-シナリオを見る見識ができたという意味でしょうか?
▲品物なら良いものを見て初めて目が訓練されます。 90年後半まで私に入ってきた作品の指向が同意反復のような感じでした。 みな似通っていて、幅も制限的でした。 そういう部分においては振幅(あることや行動を気楽な気持ちで自由に行う)が広がったでしょうね。

-22年目俳優キム・ヘス氏は2000年ほどを起点に演技人生前後を分けるじゃないですか。

▲作品でいうと2002年封切った短編映画‘スリー-メモリーズ’を上げられますが、長編では‘YMCA野球団’からですね. 以後出た映画を開封日を基準に紹介すると‘顔のない美女’ '赤い靴‘ ‘タチャ’ ‘良くないの家’ ‘浮気日和’ ‘11番目のママ’です. 2002年から私は映画現場に意欲的に臨み始めました。

-17才から演技を始めましたが分別がつく前から演技するのは難しくなかったんですか?

▲もちろん大変でしたよ。 初めての作品では10代から40代まで演じました。 史劇ドラマ‘思慕曲’(1986)という史劇でした。 母親役で出演した作品はドラマまで合わるともっと多いですよ。 映画では‘赤い靴’で娘をもつ母をやったし‘11番目のママ’ではある子供の母になる役です。

-成熟する前にすごく幼い時に演技を始めると、これまでの人生で経験していないことも演技しなければならない時があるはずなんですが、経験できないことに対する恐れはないですか?

▲もちろんありますよ。 率直にいうと,私には同じ年頃の女性が経験したことの中で普遍的に経験することが出来ない部分があるんです。 一種の不均衡でしょうね。 ですから、それに対して途方もない恐れがあります。 なぜならば、俳優なら知らないことでも幅広く表現できるべきなのに、基本的に準備すべきなのによく知らないことだったりする時,事実それでコンプレックスを感じることがあります。 だから私がどれだけ魅力を感じるキャラクターだとしても、絶対出来ない役が確かにあるんです。 ですが、俳優として幅広い経験をすることは演技には役に立つかもしれませんが、キャラクターを完成するという点では(経験すなわち)財産になるのではないみたいですね。 結局映画は虚構にならざるを得ないし…その虚構中に介在するリアリティーを生かすのが俳優の役目だと思います。 普遍的に,日常的に極大化させなければならないキャラクターは難しいのですが、そのギャップを満たす努力が必要です。

#演技の上手い俳優のそばにいるとへこむ-20代に考えた俳優像と30代俳優像に違いはありますか?

▲20代は特にこれといった俳優像はなかったです。 当時重要だったのは‘どういう俳優になるか’ではなかったんです。 もちろん今もサンプルはないです。 しかし、俳優はこうなければならないという基準はあります。 私たちが生きている人生と、その人生の中の人間を描いていくことが演技ですから、絶えず学び、時が経つほど何かを蓄積し保存していく,質的な発展がなければならないという考えです。

-以前演技のため自己恥辱感を感じると話したことがありますが...

▲以前もそうでしたし、今もそうです。 もちろん私を苦しめる人がいるという訳ではないけれど、俳優はそういうものだと思います。 いくら出てきて似ているといっても、私でない違う人になるということは容易ではないようです。 自己恥辱感という話は本当に恐ろしいが…その自己恥辱感の中で絶えず悩む環境でいなければならないのが俳優の道のようです。

-22年間もの演技経歴がおありなら、ある程度慣れたりしませんでした?

▲慣れても到達とまでは行かない部分があります。 むしろ何も分からなかった時がもっと気が楽だったみたいです。 物心つかない幼い頃が良いじゃあないですか。

-今回の映画でキム・ジヨン氏をとても尊敬するとおっしゃいました。

▲最初は作品を見て好みました。 その方が出てくる場面にはいつも活気があります。 一緒に公演して楽しかったし、人間的にも暖かい方です。 その方の演技には人生が含まれています。 演技を長くして生じるのではないポス(?)が感じられます。

-キム・ヘス氏は演技が上手い俳優と共同作業するとへこむとおっしゃいましたが‘タチャ’の時は演技派が多かったじゃないですか? どうでした?

▲率直に臆しましたよ。 事実台本を見て途方もない魅惑に包まれたが萎縮する部分もありました。 チョンマダムのキャラクター自体はとても魅力的なので女優ならば,誰でもうらやましがるほどでした。 しかしその役を遂行しなければならない、私自身を考えれば…チョンマダムが劇中で取るべき態度や見せなければならない部分に対して私が持っていないことが多かったです。 それも私が優しいというのではなくチョンマダムが映画の中で他の人物に対する態度や発展する姿がそうなんです。 この女は笑っていても誰にも自分のの心を見せません。 そして後には途方もなく世俗的な欲がある女じゃないですか。 でも私は30代半ばから後半を生きる女として性格が直線的なタイプと大いに違います。 時々多重的な性格になりたいことがあるが、まさにそういうキャラクターでした。 現場に行ったら演技者らはとても巧い人たちばかり、その上スタッフらの進行速度は非常にスピーディーだという感じを受けました。 序盤に臆したが現場が理想的だったからついて行けたし、私が持っている小さい部分が極大化されて見事にチョンマダムを発現させることができました。

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-以前のインタビューから仕事に対する勝負根性や欲,競争心がないとおっしゃいました。相変らずそうですか?

▲本当に勝負根性がないです。 勝負根性がありすぎても周囲の人を疲れさせ、ストレスを与えますが、私自身の仕事においては勝負根性は必要だと思っています。 そういう根性を持った人々はすばらしいと思うし、うらやましいです。 でも責任感がないというのでないです。 仕事に対する欲はあると考えますが、欲のポイントが重要なんですよ。ここぞというとき場合は欲を出しますよ。 私が一抹の前進ができる欲が必要だったんです。

-この頃選択する作品には欲を出すようにしてるんですか?

▲欲心という表現よりは欲求という表現が良いようです。 私の欲求を刺激する映画に会いたいです。 充足は良くないですよ。 充ち足りることなく,私がさらに一歩前進できることを願います。 もう一つ,最近私は運が良いです。 努力をしない俳優はいないです。 良い機会を捉えられなかった場合も多いけれども…私に機会が与えられたということは私のこういう欲求を表出できる場ができるということであり、環境が提供されたということですから、いつも感謝しています。

-過去にCFやドラマで作られたイメージも無視することはできないでしょう。

▲実はああいったキャラクターは多くないんです。 幼い時から始めて,私を子役として記憶する方々がおられたが、私は子役を一度もやったことがありません。 10代の時でも成人の役しかしませんでした。 実際、価値観や自我ができる前にプロフェッショナルな人々する仕事に飛び込んだため、それと(仕事と)共に分別がつき、成長したんですよ。 また私が仕事をした時期は放送や映画界皆とてつもない変化があった、過渡期だったんですね。

#セクシーイメージが与えたジレンマ

-10代にドラマで成人の演技し、成熟したイメージに固まったのにそういうイメージのため、入ってくる映画シナリオが限定された部分があるでしょう? キム・ヘス氏に合うほどのシナリオは入ってきたんですか?

▲多様性の問題でしょうね。 今もそうだが当時はシナリオが多様ではありませんでした。 そうでない場合、あまりにも文学的だったり、もしくはエロチックな作品が大部分でした。 今のように自分の映画色を持った監督も多彩でなかったです。 CFや映画祭授賞式での固定されたイメージ(セクシー美,健康美)に先入観を持った方々がいらっしゃるでしょ。 そのようなイメージが俳優として演技的枠組みを制限するようになったんですよね。

-20代の時は露出しないといったのに‘タチャ’では露出をしました。

▲事実20代の時はそうでした。 20代時の考えは露出したくないという気持ちが真実でした。 ‘その時はなぜこう言って、今は違うというの?’と言われれば返す言葉はないですけどね。 その時はどんな考えだったかというと、私がやる役が制限的であったし、そして何よりまだ俳優として中途半端な部分が多かったですが、演技の幅を広げ多様性を見せるためなら露出することに対しては共感はするが、露出そのもの自体が目的となるのは願わなかったということです。 演技力を拡張する時には,必ず露出が介入しなければという空気があったんです。

#お母さん,うちのお母さん

-今回の‘11番目のママ’で引き受けた役割がお母さんですね…突然ヘス氏お母さんがデビュー当時マネジャーをされてたのことを思い出しました。

▲当時はマネジャーという概念がなかったんです。 私がとても幼い年齢でデビューしたからマネジャーというよりは保護者でした。 デビューする時,未成年者だったため、実際保護者が必要な年齢でした。 一人では何を判断するのも難しかったし決断できないから母ににたくさん助けてもらいました。

-今回の作品では‘お母さん’という存在が格別だったと思いますが。

▲うちの母は最高ですよ。 作品をするごとに家より撮影現場に居る場合が多いでしょう。 それで家を思ったりママのこともよく考えます。 そして私たちは5人兄弟姉妹ですけど…お母さんは私の人生でも格別の方でしょう。 一般的な母娘以上の格別な何があります。 私も年を取って,ますますお母さんに対する思いは深くなってきました。 今回の作品の場合もセットに1ヶ月程居たため、ほとんど家に帰れなかったです。 ある日やっと家に帰ったのに劇中のキャラクターと同化して,私の身なりが変だったり、感情起伏が激しく見えたり、普段の娘と違う様子を見て、ママがとても心配されました。 そんなことまでママに悟られるべきじゃないのに、いまだにそうなんですよ。 実は誰よりも心から、たとえ非難を受けても、最後まで私を支持する方がまさにうちの母です。 母を思うと心も胸も痛みます。 私たちの家族はひどく親しい方で、(兄弟同様に)母とも非常に親しいです。 早くに演技生活を始めて,幼い時は「これしちゃだめ」と言われることがとても多くて,ママの小言が嫌いだったのに大人になってからは気の合う友人のような母娘になりました。 ママが私を早く産んで,年齢差も22才しかないからです。

-ママ役をしながら,養子縁組も考えたのですか?

▲いいえ。 この作品を通じて,養子縁組を考えたことはありません。 誤解があるようです。 養子縁組というものに対する大衆的な関心が大きくなっているでしょう。 ハリウッド スターや国内芸能人らの養子縁組に対する実践や関心も高まって。 私もやはり同じ脈絡です。 私、実は以前から養子縁組に関心が高かったんです。 ただの関心ですよ。 いつか依託母に関するドキュメンタリーを見たことがあります。 その時、依託母がどんな事をするのか初めて正確に認識しました。 それでプログラムを見て問い合わせ電話を一度しました。 それで全部です. もちろんいまも関心はあります。 しかし関心があるからといって‘いつかキム・ヘスは養子縁組をするだろう’と考えるのはちょっと誤解の素地がありますね。 また、養子縁組に関心があるからといって,養子縁組を最終的に目標にするのは危険だと思っています。 養子縁組は一個人の気持ちや関心で左右されるにはあまりにも大きい責任とひとりの人生がかかった問題ですからね. もっと慎重であるべきでしょう。

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December 08, 2007

11番目のママMV(ちょっとだけ字幕)

MSNビデオ

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December 07, 2007

キム・ヘス、パク・ジニョンのMVに電撃出演

6年ぶりに歌謡界に復帰したパク・ジニョンは、7thアルバムのタイトル曲『君が住むあの家』のミュージックビデオのヒロインにキム・ヘスをキャスティングした。

 パク・ジニョンの所属事務所JYPエンターテインメント側は、「歌詞に似合うヒロインがなかなか見つからなかったが、温かいイメージと洗練されたイメージを併せ持つキム・ヘスさんがイメージにぴったりだと判断し、キャスティングした」と話した。

 『君の住むあの家』のミュージックビデオは、パク・ジニョンの7thアルバムの収録曲『Kiss』のミュージックビデオを演出したチャン・ジェヒョク監督がメガホンを取った。

 このミュージックビデオは今週中にすべての撮影を終えた後、編集作業を経て12月中旬ごろ公開される予定だ。

・・先日の大韓民国映画祭で携帯を渡すパフォーマンスを見せてくれたこの二人。

早速(?)MV出演とは・・おいおい、もしや事前に打ち合わせてたのかな?って気もしますが。

しかしヘス氏のファンにとっては、多分始めて見るミュージックビデオじゃないかと思います。そう・・MVに出るのは新人やドラマで人気が出た程度の俳優が多いので、ヘス氏くらいの大御所になると、なかなかこういったMVの仕事は回ってこないようですから、必見だと思います。ここでまたモダンボーイで培ったダンスの腕前を披露してくれるとうれしいですねえ。

(多分ギャラ的にも折り合わないかな・・・)でも、セクシー歌手&セクシー俳優のペア、かっこいくてお似合いではないですか?

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December 03, 2007

第6回大韓民国映画大賞

1日ソウル世宗文化会館大劇場で開かれた'2007大韓民国映画大賞'に映画'タチャ'の主人公キム・ヘスとチョ・スンウが同時入場した。

チェ・ドンフン監督も一緒でした。

祝賀ステージで7年ぶりにカムバックした歌手パク・ジヨンが、「今夜遅くなるってうちに電話して」という歌の歌詞そのままにキムヘスに携帯を渡すというパフォーマンスをみせ、大いに受けたという報道もありました。

パクジヨンとは90年代全盛を極めた人なんですが、今年韓国で一番流行したワンダーガールズ「Tell Me」をプロデュースし、自身もカムバックして話題になりました。

日本でたとえるとまあ「つんく」あたりですかね?

ヘス氏も楽しかった様子で口笛まで吹いていたとか・・・

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